黄色い手帖と白い世界 赤いギターと黒い船

少しだけ 背中をおせる 物語

朝日野さんの過去

「イエロウ、ごめん。ちょっといいメロディーが浮かんでさ。音楽室に引きこもりたいんだ。」

 

なんだろう。引きこもりって言葉がカッコよく聞こえる。ものは言い様って事か。違うな。

 

「あぁ、分かった。俺のギターの練習なら自分の部屋でも出来るしな。また灰場が落ち着いたら教えてよ。」

 

りょーかい、と言って音楽室に入る際、扉についているフックに札をかけていく。

 

「『CLOSED』って。いつからお前のもんになったんだ。」

 

勝手に作ったんだろうなぁ。こういうところも誤解されやすいんだよなぁ。

 

「まぁいいか。」

 

さぁ部屋に戻ろうかと思ったところで呼び止められる。

 

「おーい。今日は灰場と一緒じゃないのか?」

 

「朝日野さん。灰場は創作活動で引きこもるそうなんで、今日はフリーです。ほら。」

 

音楽室の扉を指差す。

 

「はは。こりゃあダメだね。じゃあもう今日は食事も取りに来ないな。」

 

「時間があるならちょっと付き合わない?いつものとこで。」

 

「行きましょう。」

 

朝日野さんと行く場所といえば庭だ。船の中には菜園があって、一部のスペースを憩いの場として色んな人が利用している。通称『庭』。

 

「いつものでいい?」

 

朝日野さんは慣れた手つきでコーヒーを準備してくれる。何故だか分からないけど、朝日野さんが入れてくれるコーヒー美味しいんだ。淹れ方とかにコツでもあるのだろうか。

 

「どうぞ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「最近食堂以外ではあんまり見かけなかったね。ずっと灰場と一緒?」

 

「そうなんです。バンドをやろうって誘われまして。とりあえず僕の腕では灰場は納得しないみたいで、ずっとギターの練習をしてますね。」

 

「で、夜は鬼丸と一緒か。なかなか濃いね。」

 

朝日野さんはケタケタ笑っている。やっぱりこの人、普通に喋る時は可愛いんだよなぁ。

 

「お陰であんまり寝れてないです。身体中が痛いし、耳からギターの音が離れない。でも、充実はしてるかな。」

 

「いい事だよ。船の中には生活に必要なものはある程度揃っているけど、時間を潰すものがほとんどないからね。あたしなんかはその辺、料理の研究とかレシピを考える時間があっていいんだけど。」

 

「朝日野さんは船に乗る前もずっと料理人だったんですか?」

 

「そうだよ。こう見えても一応、有名な店で料理長を務めたりしてたんだ。すごく忙しかったけど、それなりにいいお給金も貰ってた。」

 

「すごいじゃないですか。勝ち組ってやつだ。」

 

「そんな人がなんでこの船に乗ってるんですか?」

 

「キッチンを任されているとはいえ、雇われの身だからね。どんなに自信がある新作のメニューを作っても、オーナーの考え方次第でお客さんに提供出来ないなんて事はいくらでもあった。だから将来は独立して自分の店を構えたいなぁとか漠然と考えてたんだけど。」

 

「なんでそうしなかったんですか?」

 

「どうもあたしは経営ってのに向いてないらしい。ある出来事があってね、それが分かってしまった。しかもその出来事の責任を取るって形で料理長の立場を降りる事になったんだ。」

 

「料理長は別のやつに変わって、そのキッチンにあたしは居場所はなくなった。」

 

「え?でもそれだけの腕と実績があるなら、他に仕事なんていくらでもあるんじゃないんですか?」

 

「もちろん料理を作ることは好きだから、それが出来るなら別にあたしが仕切らなくてもいいかと思ってたんだ。それにどんな業界にしろ同業にはすぐに噂ってのは回るもんだから、他の店からもお誘いの連絡をいくつか貰ったよ。もちろん料理長としてね。」

 

「やっぱり勝ち組だ。」

 

「でも全部断った。他の店の料理長と比べると若すぎるあたしを抜擢してくれたその店に恩を感じていた。それに何よりその店が好きだったんだ。悔しいと思う気持ちもあったけれど、辞めるなんて事は全然考えなかった。けれど、ずっとその店にいる事も出来なくなってしまった。」

 

「あたしの考えが甘かったのさ。あたしは責任を取ったんだ。そんな人間を店はもうスタッフとしては見てくれない。与えられる仕事は雑用ばかり。そんなあたしを庇ってくれるやつもいた。けれど今度はそいつもあたしと同じ目にあった。そいつには家庭があった。奥さんも子供もいたんだよ。なのに最低の給料と扱いに落とされて。あたしの所為だと思った。それから店を辞めるまでにそう時間は掛からなかったよ。」

 

「その人はどうなったんですか?」

 

「あたしに声を掛けてくれた店に片っ端から連絡をとって、そいつを雇ってくれないかと頼み込んだ。腕は良かったからね。あたしの話を受け入れてくれた店を紹介して、そいつを送り出した。その後どうなったかは分からないけれど、あんなにいい奴が上手くいっていないわけはないと思う。そう信じている。」

 

「ちゃんとフォローしてあげたんですね。素敵です。」

 

「素敵なんてもんじゃないけどね。償いだよ。」

 

「朝日野さんはその後どうしてたんですか?」

 

「なーんにもしてない。本当になんにも。何もする気が起きなかった。お金はあったしね。店にいた頃はいい給料を貰っていたけど、忙しくて使う事はなかった。店にいれば味見や試作で十分だったから食費もあんまり掛からなかった。当面は働かなくても生活が出来ていたから、それも原因だったね。自分を追い込む環境が無くなったのさ。」

 

「人っていうのは環境で育つものだ。あたしはそう思っている。自分だけの決意や意思なんてのはキッカケに過ぎなくて、やらざるを得ない状況になって初めて継続が出来る。」

 

「そうかもしれないですね。鬼丸なんかは相当追い詰められていたみたいですし。だから変わろうと思った。だからこそ人生を変えられた。そしてそれをみんなにも伝えたいと思った。行動した。けれど、朝日野さんみたいに言葉で伝えるのが下手だった。結果、失敗した。」

 

「そうなんだね。あいつはあいつなりに周りを思っての行動だったわけだ。かなり空回りしたけど。」

 

「そうです。だから僕はそれをみんなに伝える役割を買って出たわけです。口下手なあいつの『言葉』になってやろうと思ったんです。」

 

「鬼丸があんたを慕ってるのはそういう事か。少なくともそれは、あたしに対しては成功しているよ。少しあいつの事が理解できた。あたしなんかよりあんたの方がよっぽど素敵じゃないか。」

 

「あいつにとって、そうなりたいと思ってます。それはもちろん灰場についてもですけど。」

 

「灰場も同じような事情を抱えているのかな?」

 

「そういう意味では灰場は違います。あいつは環境の中で追い込まれているというよりも、あいつ自身が環境を作っている感じですね。環境というより、人生そのものが染まってしまっている。突き詰めて、突き破って、突き抜けている。自分の確固たる世界観があるんです。それはごく一般的な、大多数の人には無いものです。だからあんまり理解されないんですよね。」

 

「でも、なんて言うか、いいなぁそういうの。そういう意味ではあたしはまだまだのめり込んでいないな。」

 

朝日野さんは少し困ったような顔で笑う。

 

「僕も同じです。あいつが素直に羨ましいです。僕は何もない人間ですから。」

 

「何もないなんて事はないよ。あたしはあんたと休憩時間こうやって話をするのを結構楽しんでるよ。人にそういう思いをさせる事が出来るっていうのは素敵な事じゃない?」

 

「それ、結構嬉しいです。」

 

「そりゃあ良かった。」

 

「惚れてまうやろ。」

 

「なんでやねん。」

 

笑ってかわされた。

まんざらでもないのだが。

 

「そういえばこの船にはいつ乗ったんです?」

 

「店を辞めて半年ぐらい経った頃かな。辞めてからも自分の食べる食事は作ってたんだけどね、なんだかもっと料理したいなーってうずうずしてきたタイミングでクロに出会った。そして今に至る。」

 

「さてと、話し込んじゃったな。そろそろ戻らないと仕込みが間に合わない。今日も付き合ってくれてありがとう。またね。」

 

「いえ、僕も楽しかったです。それじゃあ。」

 

朝日野さんとまた少し仲良くなれた気がするなぁ。

 

惚れてまうやろ。

 

おわり。