黄色い手帖と白い世界 赤いギターと黒い船

少しだけ 背中をおせる 物語

『出来っこないをやらなくちゃ』灰場ロック

いかん。寝不足だ。背中がいてぇ。

 

さすがに鬼丸は人生変えるほどの努力をしているだけあって、トレーニングのコツを心得ている。教えてもらった通りにやると効く効くぅ。おかげで筋肉痛も一人でやっていた時と全然違う。きっつー。

 

今日も朝食は鬼丸と灰場と一緒に食べる。あれから徹夜はしていないのか、灰場は今日も元気そうだ。

 

「イエロウ、メシ終わったら時間ある?」

 

灰場が聞いてきた。

ありますとも。

いくらでも。

 

がびーん。

 

「大丈夫。」

 

「じゃあ音楽室に行こう。」

 

「おっけー。」

 

朝食を済まし鬼丸と別れ、灰場と一緒にその足で音楽室へ向かう。

 

「イエロウはギター弾くんだよね?自分の楽器はあるの?」

 

「いや家に置きっぱなしだ。というより鬼丸にしても、船に乗る時に準備する時間なんてあった?俺は気づいたら船の中だったんだけど。」

 

「え?そうなの?俺の時は普通に準備させてくれたよ?楽器とか録音の機材とかひと通りは船に乗せたし。」

 

「まじか。まぁよくわかんないけど、俺は船が来た時にすぐ気を失ってたから準備なんて出来なかったといえばそうなんだけど。」

 

「気を失った?大丈夫なのか?それ。」

 

「今のところ体に異常はないな。起きない間に、体に謎のチップとか埋め込まれてなければいいけど。」

 

仮面ライダーみたいにか?それはそれで面白そうだけど。ちょっと『変身!』って叫んでみてよ。」

 

こいつ俺で遊ぶつもりだな。もう立派な成人男子だぜ?誰がするかよ、恥ずかしい。

 

「変っっっ身っ・・・!」

 

「なんも起きないね。そりゃそうか。」

 

灰場はケタケタ笑っている。

なんだ、変身できないのか。

 

「いやぁ面白かった。ポーズまでガチでやるとは思ってなかったわ。」

 

「とりあえずチップは埋め込まれていないみたいだ。」

 

閑話休題

 

「んで、呼び出したからにはなんか弾くのか?」

 

「あぁ、いつも一人で楽器弾いてたからな。せっかくだしちょっと合わせてみようよ。俺のギター貸してあげる。」

 

「はいよ。つってもいきなり知らない曲合わせられるような知識も技術もねーぞ。」

 

「俺が合わせるからイエロウが知ってる曲弾いてみてよ。」

 

それなら、と自分が覚えている曲を順々に弾いていく。灰場は僕が弾き始めた曲を少し聴いてから自然にギターを合わせてくる。即興のフレーズだがやはりセンスが良いのだろう、耳に届く音はとても気持ちがいい。

 

3曲ほど弾いて一旦終了。

 

「上手いもんだなぁ。よくまぁそんな簡単に合わせられるな。」

 

「そんなに難しい事はしてないけどね。キーを掴んだら後はスケール上の音をそれっぽいフレーズで弾いてるだけだよ。」

 

「俺あんまりキーとかスケールって分かってないんだ。やっぱ覚えた方がいいよな。」

 

「どうだろう。確かに知っておくと便利だけど、そういう理論を知らなくても素晴らしい演奏をするプレイヤーは世界中に五万といるよ。感性と経験でプレイする人達だ。とはいえ本人が知らないだけで、結果的には理論にちゃんとはまっている場合もある。逆も然りだ。同じキー、同じスケールで演奏してもプレイヤーによって生まれるフレーズは違う。その違いってのはやっぱり感性や経験によるところなんだよ。だからどちらかが優れているって事は無いと俺は思ってる。」

 

「それに、自分が好きだと感じたプレイヤーがどちらのタイプなのかなんて、本人に聞かないと分からない事なんだよ。だから言い方は悪いけど、音を聴いている俺たちからすればそこはどうでもいいっていうか。そのプレイに感じるものがあるかどうかっていうのが一番重要だ。」

 

「ただ、プレイする側からすれば、理論と感性を両方持っている事がやっぱり最強だね。」

 

「てことはやっぱり知っといた方がいいんじゃ?」

 

「そうだね。だけどそれは本当にその楽器を極めたいって思う場合でいいんだよ。だって理論が分からなくても感性がなくても、音が出る方法を覚えれば楽器ってのは音が出るんだ。それを楽しいと感じるんならそれでいい。」

 

「そうだな。そうかもしれない。」

 

「そう言う意味では、まずは自分の好きなジャンルを知る事が大事だよ。ジャンルによって奏でる音は違う。俺の場合はそれがロックだったんだ。」

 

「見た目からしてそうだもんな。雰囲気出てるよ。」

 

「だろう?そのジャンルに夢中になればなるほど、少しずつ自分自身も変わっていくんだ。次第に自分を構成する多くの部分が変わっていく。そうなるともう、信念というか」

 

「それが生き様になってくるのさ。」

 

「俺にとってロックは単なる音楽ジャンルのひとつではすでになくなっている。」

 

「お前にとってのロックにしろ、鬼丸の筋トレにしろ、人生を変えるほどの何かに出会えたって事がすごいよな。素直に羨ましいよ。」

 

「イエロウもとことんハマってみればいいんだよ。飛び込んで、どこまでも深く潜ってみる。だから一緒にバンドやろう!」

 

「バンドをやるのは構わないけど、俺でも人生を変えるほどの熱中は出来るのかな。」

 

「出来るか出来ないかじゃない。やるんだ。本当に自分を変えたいと思うなら」

 

 

「出来っこないをやらなくちゃ。」