黄色い手帖と白い世界 赤いギターと黒い船

少しだけ 背中をおせる 物語

グレイトフル アライブ

「おはようっす。」

 

灰場さんが後ろから声を掛けてきた。振り返ると、出で立ちは昨日と同じだが今日はメガネを掛けている。

 

「おはようございます。昨日はよく眠れました?」

 

「起きたのさっきっす。」

 

まさかの24時間。徹夜して1日寝るって極端過ぎるだろ。って事は風呂入ってねぇな。昨日と同じ服なわけだよ。

 

「スゴい寝るんですね、灰場さん。」

 

堅苦しいのは無しっすよ。さんとかつけなくていいっす。てかイエロウさんて俺と歳あんま変わんないすよね?」

 

「24歳ですよ。」

 

「あっ、一緒じゃん。」

 

「えっ、ほんとに?」

 

「んじゃもう敬語は無しでいいよね?」

 

「そうだな。」

 

まぁ一応世の中のために正しておくけれど、『っす』は敬語じゃないからね。気持ちは分からんでもないけど。『っす』つけてりゃオッケーみたいな風潮はまだある。

 

「改めて、良く寝たから今日は元気なんだ。いい時間に起きれたから朝メシ食べに来たらイエロウがいたもんで、声かけた。」

 

「んじゃ灰場も一緒に食べる?多分うるさいヤツもついてくるけど。」

 

「そうだね。昨日の事も謝りたいし。」

 

食堂に入るやいなや、部屋の端から大きな声がする。

 

「おーい!イエロウ!こっちだ!灰場も一緒か!みかん!早くそいつらにメシをやってくれ!俺の空腹が保たん!」

 

「朝からうるさいなぁ、あいつ。朝日野さん、順番でいいから。」

 

「あぁ、勿論だけど、あいつ時間になる前に入ってきてずっと待ってやがるんだよ。あんた達仲良いね。うるさいから早く黙らせてくれ。」

 

「それより今日は灰場も一緒なんだね。あんたが2日もちゃんと時間通り食べにきたのも珍しいけど、鬼丸と灰場が一緒に食べるってのは特に珍しい。というより初めて見るな。」

 

「そうっすね。一緒にメシ食うのは初めてっす。」

 

朝日野さんには『っす』を使うのか。って事は俺たちより年上なのか?口調もそうだし見た目も大人っぽく見えるけど、肌とかめっちゃ綺麗なんだよな。同じ年か、年下の可能性も否定できない。女の人の年齢は分っかんねー。

 

「仲良くやりな。イエロウのためにもね。」

 

?という顔をして「はぁ。」と答える灰場。

 

「とりあえずあいつの所に行こうか。」

 

食事を配膳してもらった僕と灰場は今にも皿ごと飲み込んでしまいそうな鬼丸の席まで行く。

 

「待ちくたびれたぞ!イエロウ!昨日は久しぶりのトレーニングで体がバキバキになっているだろう!?しっかりと食べて筋肉を喜ばせてやらんとな!では食べよう!」

 

「「「いただきます。」」」

 

食べ始めると、意外な事に灰場が口いっぱいに食事を詰め込んでリスみたいになっている。体の割にきちんと咀嚼をする鬼丸とは正反対だ。

 

「は、灰場、一気に口に入れ過ぎじゃない?」

 

「&¥@:(¥?&@?!^_^¥&」

 

「なに言ってるか分からん。呑み込んでから話して。」

 

コップの水を一気に飲み干し、口の中の食事も喉の奥まで流し込む。

 

「ぷっは、うめぇ。」

 

「それにしてもすごい豪快な食べ方だな。一気に量も無くなってるし。」

 

「この船に乗るまでも地上でバンドやったりしてたんだ。それなりに人気はあったんだけど、それだけでは食っていけない。なんせ金が無いからさ、飲食店とかでバイトして、賄いで食費は浮かせてた。メシ食うときも忙しい時間帯は避けるんだけど、それでもまとまった休憩時間があるわけじゃなかったから、いかに早く食って仕事に戻るかのタイムアタックみたいな感じでさ。んで、基本的には1日の食費を賄いだけでやり過ごそうと思ってたから、出来るだけ量も食べるんだよ。」

 

「だが咀嚼はちゃんとした方がいいぞ!しっかりと栄養を吸収するためにはな!」

 

「確かに、今は別に焦って食べる必要はないんだけどね。クセになっちまってる。」

 

「それだけ忙しい時間を過ごしてきてたってわけだ。」

 

「忙しかったのかなぁ。忙しいのか。でも好きなことしかやって来なかったから、実感としてはあんまり無かったかな。曲を作ったり、ギターを弾いたり、没頭してメシ食うの忘れたとか寝るの忘れたとかは、その頃にはもう普通になってたね。」

 

「金もないしね。」

 

「それはそうなんだけど。もちろんお金は欲しいけど。でも」

 

「金が無いってのは不便だけど、不幸ではなかったよ。」

 

「すごいな。達観してるっていうか。」

 

「そんなんじゃないけどさ。でも本当にお金ってのは『生きる』って事を豊かにする材料の一つに過ぎないとは思ってる。それが足りないなら違う材料で代用すればいいだけの話だ。俺にとってそれが音楽だったってだけで。鬼丸くんならトレーニングがそうなんだろう。あぁ、そうだ鬼丸くん。昨日の朝は悪かったよ。俺、目が悪くてさ。」

 

「ん!?そうか!ならいいぞ!がはは!」

 

こいつのこういうシンプルに返せるトコは本当いいな。

 

「お前の話は面白い!だが!俺は俺自身の為に必死でトレーニングをしたが!それで得たあれやこれやは俺自身の為に価値があったわけだが!音楽は誰かに!それこそ沢山の人に聞いてもらわないと価値がないのではないのか!?」

 

前言撤回。もうちょっと言葉を選べよ。けど核心はついてるんだよな。

 

「概ねその通りだよ。中には本当に自分の自己満足だけで、作品を世に出さないやつもいるとは思う。」

 

「けど俺はやっぱり多分に漏れず、自分の作品を聴いて欲しい。でも沢山の人に聴いてもらいたいのは確かにそうなんだけど。やっぱり一番大事なのは聴いてくれたその人がどう感じるかなんだよな。たとえ1人でも俺の作った曲を聴いてくれて、あぁいい曲だなって感じてくれたら、それが最高なんだ。だってその人にとってはさ、その人の人生にとっては間違いなくプラスの瞬間なんだよ。たった数分の事なんだけど、その瞬間だけは聴いてくれた誰かに素晴らしい時間を提供できる。それは俺にとっても幸せな、何物にも代えがたい価値になるんだ。」

 

「いい話だ。それに音楽ってのは灰場が死んでも世に残るもんな。そのプラスの瞬間ってのは、死んでも誰かのもとで生まれ続けるんだ。それはもう『偉大なる死』だよな。グレイトフルデッドだ。」

 

「そうだな。いつかそういう日は来る。いい言葉だ。サンキュー。」

 

「でも、すまないが訂正させて欲しい。俺は自分が死んでからの事なんか考えてないんだ。どっちかって言うと生きている実感が欲しくて音楽をやっている部分がある。俺の作品を聴いた誰かのリアクションが欲しいんだ。だから俺の心情にはあまりしっくりこないな。」

 

「そりゃあそうか。じゃあこういうのはどう?」

 

「グレイトフル アライブ『偉大なる生』だ。」

 

「それは」

 

「最高じゃん。」

 

満更でもなさそうに灰場は笑う。

 

今日はいい一日になりそうだ。

 

おわり。