黄色い手帖と白い世界 赤いギターと黒い船

少しだけ 背中をおせる 物語

8号室の灰場隆

🎵〜🎶

 

「んー・・・。」

 

アラームを止めて起きる。

また新しい朝だ。

 

いやぁ昨日は久しぶりによく喋った。

多少疲れたが、その分良く眠れた気がする。良く寝たら腹が減るのは何故だろう。体の不思議。

 

「とにかくまずは朝メシだな。」

 

さっさと着替えを済まして食堂へ向かう。

 

「おはようございます。朝日野さん。」

 

「あ!来たね!」

 

「そんなに焦ってどうしたんです?」

 

「あんたの心配をしてたんだよ!昨日の夜、トレーニングルームで鬼丸のやつと口論してたって聞いてさ!」

 

あぁ、そういう事か。

 

「大丈夫だったの!?体は壊れてないかい!?」

 

「全然大丈夫ですよ。言い合いはしましたけどね。でも結果オーライです。心配してくれてありがとうございます。」

 

「結果オーライって、それはどういう・・・」

 

「よう!イエロウ!おはようだ!」

 

がはは!っと鬼丸が食堂に入ってきた。

 

「あぁ、おはよう。」

 

「よう!みかん!今日はいい天気だぞ!メシをくれ!イエロウ!一緒に食うぞー!」

 

「分かったけど声がデカい。みんな居るんだから普通に喋れよ。」

 

「そうか!?がはは!」

 

朝日野さんはぽかーんとして僕たちのやり取りを見ている。

 

「みかん!早く!メシ!」

 

「あ、あぁ。ほらよ。」

 

「ありがとう!さぁ食うぞイエロウ!」

 

「はいよ。」

 

「な、何があったの?」

 

「うーん話すと長くなるのでそれはまたゆっくり。とりあえず結果オーライです。じゃあいただきます。」

 

豆鉄砲をくったハトって本当にこういう顔をするんだろうか?みかんさん、なかなか面白い顔になってるよ。

そう言えば鬼丸に下の名前で呼ばれてもつっこんでなかったな。まぁでも心配してくれてたのは素直に嬉しい。昨日の事はまたゆっくり話そう。

 

鬼丸と対面の席に座って食事をとる。様子を見ていると、意外と食べるペースは遅い。見た目からすると、口に入りきらないほど入れて水で飲み流す、みたいな感じなのに。

 

「どうした!?がはは!」

 

「いや意外とゆっくり食べるんだなと思って。」

 

「意外か!?がはは!ゆっくり食べるというよりはしっかり噛む事を意識して食事をするんだ!しっかり噛んだ方が栄養の吸収が良くなるからな!中には噛まないと栄養がほとんどとれないものもある!擦っていないゴマとかな!美しい体を作るにはしっかり栄養を補給してやらないといけない!基本だぞ!お前ももっと噛んだ方がいい!」

 

「そうなのか。なるほど。それは真似してみるよ。」

 

がはは!とまた食べ始める。これだけの体を作り上げて維持しているんだ。体づくりの知識はちゃんと持っているんだろう。こういうタメになる事を少しずつ引き出して、それをみんなに伝えてあげれば状況は変わっていくはず。鬼丸の望んだ方向に。だけど焦る必要はない。ゆっくりゆっくり。

 

「お!珍しいやつがいるぞ!」

 

入り口を見てみろ、と言うので目をやる。

 

痩身の気だるそうな男がカウンターに向かって歩いている。

灰色の髪に黒いYシャツ、細身のズボンも靴までもが黒一色。

 

「イエロウ!あいつは8号室の灰場ってやつだ!こんな時間に見かけるのは珍しい!」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ!あいつはこの時間はいつも起きてこない!夜遅くまで作業をやっているみたいでな!なかなか時間通りにメシを食いに来ることはない!」

 

「作業ってなんの?」

 

「知らん!」

 

おい。

 

「本人に聞いてみたらどうだ!?呼んでみよう!」

 

おいおい。

 

「おい!灰場!こっちで一緒に食おう!」

 

灰場さんは一瞬こちらを見た後、違う方向に歩き出した。

 

「おいおい!おーい!」

 

鬼丸の大声にもう一度顔を向け、ギラリとこちらを睨んだ。

 

「ぬー!」

 

いきり立つ鬼丸をおさめる。

 

「もういいって。こっちに来る気はないみたいだし。」

 

「むむむ・・・!」

 

鬼丸が黙ったのを確認すると、目を食事の方へ落とし、食べ始めた。

 

「俺たちもとっとと食べよう。仕事があるし。」

 

俺は暇だが。

 

がびーん。

 

「そうだな!」

 

ていうかこいつは俺の仕事の事聞いてこねーな。

そういうとこだよ。

 

「「ごちそうさま。」」

 

食堂を出てすぐに鬼丸とは別れる。鬼丸はそのまま仕事場へ向かうらしい。

 

「ではまた夜にな!がはは!」

 

ふぅ。

静かになった。

 

さて、どうしようかな。

 

「あのー・・・」

 

ん?

 

「あ、はい。」

 

「君が新しく船に乗って来た新人さんすか?」

 

「そうです。はじめまして、家喜球一郎です。この船で出会う人はみんなイエロウって呼んでくるのでそう呼んでください。」

 

「あぁどうも、8号室の灰場隆っす。よろしくっす。」

 

「ところであのー、鬼丸くんと一緒にメシ食ってたっすか?」

 

「はい。」

 

「鬼丸くん、俺のことなんか言ってたっすか?」

 

「うーん、何か言ってたわけじゃないけど、呼んだのに無視されてちょっとムッとしてたかな。」

 

「あーやっぱり・・・。悪いことしちゃったっすね。」

 

「あれ?あいつが面倒くさくてわざと無視したんじゃないんですか?」

 

「いやいや、そんな事しないっすよ。」

 

「だって違う席にわざわざ行ったりさ。」

 

「いや、どこにいるか分からなくて。探してたんすけど、睡眠不足で疲れちゃって力尽きて座っちまったんすよ。」

 

「いやいやいや、その後もこっち睨んでたでしょ。」

 

「いやいやいやいや、普通に声が聞こえた方を見ただけっすよ。」

 

「いやいやいやいやいや、そんな目つきじゃなかったよ。」

 

「俺、めっちゃ目悪いんすよ。」

 

・・・えぇ?

 

「昨日から作業がノってきて気がついたら朝だったんすよ。んで腹減ったからメシ食いに行こうと思って、その前に顔洗ったらメガネ忘れちゃって。」

 

・・・えぇぇ?

 

「マジで目の前以外全く見えないんすよね。離れたところ見ようとすると目細めるじゃないっすか。それで結構、誤解される事も多くて。」

 

「なら、ちゃんとみんなにそう言えばいいのに。」

 

「いや聞かれないし。」

 

・・・・・・

 

「この船に乗って初めて言ったっす。」

 

「そ、そうなんだ。」

 

なんだこいつ。鬼丸とは違うベクトルで面倒くさいな。

 

「そういえば、徹夜で作業って何やってたの?」

 

「曲作ってたっす。俺、音楽好きなんすよ。いい曲出来そうだったんで没頭しちゃって。」

 

「へぇ。僕もちょっとバンドとかやってたんで興味あります。」

 

「マジっすか!楽器は何やってるんすか!?」

 

おぉ。なんか目が輝いてるぞ。

 

「ギターを弾いてたよ。自慢できる程うまくはないけどね。」

 

「うぉー!俺もギターっす!この船に乗ってからは同じ趣味の人がいなさそうなんで、今はベースとかドラムにも手出してんすけど。んで、曲作って自分でアレンジしてんす!」

 

「すごいじゃん。作曲ってかっこいいな。コツとかあるの?」

 

「色々あるっすよ!こんなとこで立ち話もなんだからスタジオ入りましょうよ!」

 

「スタジオ?」

 

「音楽室っす!」

 

「あぁ、あるね。ぜひ、と言いたいけど、まずは寝たら?顔色悪いよ。あ、でも仕事が始まるか。」

 

「あーそういやそうだった。いや俺の仕事はあんまり時間の拘束とかないんすよ。んじゃやっぱ今からちょっと寝るっす。」

 

「そういう仕事もあるのか。まぁ僕の仕事も似たようなもんだな。じゃあゆっくり休んでよ。」

 

「あざっす!近いうちに必ずスタジオ入りましょう!」

 

「あぁ、よろしく。それじゃあおやすみ。」

 

おやすみ、と言うと彼はよろよろと歩いていった。

 

ふむ。気難しそうに見えるけど、案外気さくな人だったな。見た目で損している人だ。幸い趣味も合うし、話が出来そうだな。まだ船に乗って3日なのにいい調子で仕事は進んでいる。仕事って感覚もあんまりないけれど。

 

「さて。」

 

今から何しようかな。

 

がびーん。