黄色い手帖と白い世界 赤いギターと黒い船

少しだけ 背中をおせる 物語

泣いた赤鬼

「さて。」

 

時間だ。

鬼との対峙である。

 

武器はない。犬もいない、猿もいない、雉もいない。防具は普通のジャージ。

 

だが臆さない。怯えない。引かない。逃げない。

 

「行くか!」

 

いざ!

鬼ヶ島へ!

 

レーニングルームに到着すると、すでに赤鬼は立っていた。部屋のど真ん中で腕を組み、脚を広げて立ち、目をカッと開いてこちらを睨むように見ている。

 

「がはは!来たな!」

 

「来ました。どうぞよろしく。」

 

「うむ!俺の指導は厳しいぞ!」

 

「指導?一緒にトレーニングをするだけでは?」

 

「もちろんだ!だが俺のような美しいフォルムを手に入れるならば鬼のようなトレーニング量が必要だ!」

 

「それを指導してくれると?」

 

「そうだ!では早速やるぞ!」

 

「ちょっと待って。」

 

「どうした!?」

 

「まず今からこなすメニューを教えてください。」

 

「分かった!ではまず・・・。」

「でだな、次は・・・。」

「それが終わったら・・・。」

 

・・・・・・・

 

「以上で終わりだ!」

 

「ちょっと待って。」

 

「おい!今度はなんだ!?早く始めないと時間がいくらあっても・・・」

 

「多すぎる。」

 

「なに!?」

 

「多すぎると言っているんです。」

 

「口ごたえする気か!?」

 

鬼丸のどんどん形相が変わっていく。血が上り始めたか、顔色もどんどん紅潮し、まさに赤鬼だ。

 

「しますよ。これじゃあみんな潰れるわけだ。」

 

「どういう事だ!?」

 

「そのまんまですよ。あなたにトレーニングに誘われたと聞いて、みんな心配で僕に声をかけてくれました。」

 

「あなたが潰したんですね?」

 

「つ、潰しただと!この程度で逃げ出すあいつらの根性がないのだ!」

 

「へぇ、トレーニングは根性だと。」

 

「そうだ!根性がないからだ!」

 

「暴論だな。まだそんな事を言っている人間が今の時代にいるなんて。そんな精神論でどうやって人を指導できるんだ。もうそんな時代はとっくに化石になって地層になって、人が立っている位置からは見えなくなってるってのに。」

 

ぐぬぬぬ!」

 

「トレーニングは科学だ。闇雲にやるもんじゃあない。合理的に、効率的にやるものだ。」

 

「ただ僕はあなたのやり方は否定するけれど、あなたの経験は否定しない。出来るわけない。あなたはちゃんと成果を出しているからだ。」

 

「最初から上手くできる人はいない。最初から成果が出る人はいない。いないっていうのは言い過ぎかな。まぁでもほとんどいない。何度も失敗して失敗して、成功したほんのひと握りの体験の成功確率を上げるためにまた失敗する。それを繰り返す。そうやって人は成長する。体も成長する。そうやってあなたは今の体を手に入れたのでしょう?それは凄い事だ。素直に尊敬できる。」

 

「ただし、」

 

「ただしそこで終わってしまうのであれば動物と変わらないんじゃないか。自分がやった事をそのまま他人にさせるのは動物と変わらない。そうじゃない。あなたが動物でなく人間であるならば、その経験をもって最短で、最大限に成果を上げる方法を教えてあげるべきなんだ。それが指導なんだ。それが教育なんだ。だから人間なんだ。進化の方法を継承出来るのが人間なんだ。」

 

「あなたにはあなたが体験して、経験したノウハウがあるでしょう?それを限りなく丁寧に教えてあげて下さい。」

 

「僕たちは人間だから。」

 

「・・・。」

 

うつむいてしまった。言いすぎたか?

 

「そうか、そうだな、そうかもしれん。」

 

「俺は自分の失敗を同じように繰り返す事を強要していたのか。」

 

「そういう事だね。だから誰もついて来なかった。」

 

「そうだな、そうか。」

 

「俺はトレーニングに救われた。あの怖かった日々を終わらせることができた。」

 

「なにがあった?」

 

「別に珍しい話ではない。俺は昔から自信がなかったのだ。体が小さくて、細くて、大きな相手にいつもビビっていた。いつも怯えていた。そんでな、そういうのは隠そうとしても他人からは見えるもんだ。小柄なやつがそういう態度だと周りはな・・・わかるだろう?」

 

「そういう事か。」

 

「そういう事だ。怖かった。悔しかった。辛かった。だが逃げたくなかった。だからトレーニングを始めた。体を鍛えはじめた。思えば無茶をしてきた。常に危機感を感じていたからな。他に頼るものも人もいなかった。すがる思いで体をいじめ抜いた。その内、」

 

「体に変化が現れ始めた。ちょうどその時、成長期も重なってな。背も体型もどんどんデカくなった。他人をどんどん追い抜いていった。そうすると周りの目が変わった。俺を見る目が変わっていったのだ。その頃にはもう怖いものがなくなっていた。嬉しかった。嬉しかったのだ俺は。楽しかった。そして思った。この体験を他人にも伝えたい。だが誰もついて来れなかった。なぜなのか考えた。そして思った。小さな頃からそれなりに充実した者たちだからついて来れなかったのだと。俺とは違う。自分が圧倒的に弱いという経験をしていないからだと。つまりハングリーではないのだ。そう思った。」

 

「もうここは俺のいたい場所ではないと思い始めた頃、クロに出会った。話を聞いていると、俺と同じような者がこの船には乗っている様だった。ここなら俺がやりたい事が出来ると思った・・・。」

 

その結果は僕が言ってやった。

 

「そして同じ過ちを犯した。地上の時と同じように。」

 

「そうだな、そういう事だ。そうなんだな。」

 

ようやく気づいたみたいだな。

昔話は意外なものだったけど、こいつはこいつで必死だったんだ。

 

さて、そろそろいいか。

 

「じゃあどうしようか。このまま終わるのか?」

 

「もう無理だろう・・・やらかしちまった後だ。」

 

「そうだね。だけど、」

 

「だけどチャンスはまだなくなったわけじゃない。いや、チャンスは生まれたんだ、僕がこの船に乗ったことで。」

 

「どういう事だ?」

 

「分からないのか?俺はまだあんたの被害者じゃあないんだぜ?」

 

「やり直すんだよ。今から少しずつ。あんたが自分で手に入れたその経験を、嬉しかった事も辛かった事もひっくるめて、懇切丁寧に俺に教えるんだ。俺を利用しろ。あんたが反省して、自分の事は一旦置いといて、俺の為だけを思ってやり直せ。その姿をみんなに見せよう。きっと変わる。俺を信じろ。」

 

「・・・分かった。そうしよう。そうしたい、俺も。」

 

「じゃあこれからよろしく頼みます。」

 

「どうした?急にかしこまって。」

 

「いやぁ新入りの分際でずいぶんな口の利き方だったなぁと反省してるんですよ。」

 

「そういうのはいい!俺たちはこれから相棒になるんだからな!名前を呼ぶ時も呼び捨てでいいぞ!」

 

「そうか、じゃあ俺も崩させてもらうよ。」

 

「おう!随分時間が経ってしまったな!今日は仕切り直して、トレーニングは明日からだ!」

 

がはは!と笑いながら鬼丸自身はトレーニングを始める。

あいつにとってトレーニングは既に、食事や睡眠と同じようにやって当たり前の事なんだろう。それだけ自分の中で昇華しているんだ。誰にも負けない、信じられるものが鬼丸にはある。

 

それは本当に。

 

羨ましい。