黄色い手帖と白い世界 赤いギターと黒い船

少しだけ 背中をおせる 物語

3号室の朝日野みかん

今日は自分だけで船の中を歩いてみた。昨日はクロが案内してくれたが、もう一度自分の眼でしっかり見て行きたかった。

というのは建前で。

 

要は

 

暇だったのだ。

 

がびーん。

 

でも僕の仕事は日記を書くことだぜ?

日記を書くにはさ、やっぱり何か出来事がないと書けないだろ?こういうのは待ってちゃあダメなんだ。自分で探しに行かないと。時間はある。たくさんあるんだ。

 

要は

 

暇なのだ。

 

がびーん。

 

うろうろと歩いて色々な場所を見てまわっていると、朝日野さんを見つけた。朝食が終わって2時間ほど経っている。ひと段落ついて休憩しているようなので声をかけてみた。

 

「お疲れ様です。休憩中ですか?」

 

「ん?あぁイエロウくんか。お疲れ様。朝食の片付けも終わったしね。いつもこの時間はちょっと一服しているんだ。」

 

「朝食美味しかったです。」

 

「ありがとう。ちゃんと完食してたね。そうだ、今時間はある?」

 

「大丈夫ですよ。」

 

いくらでもありますよ。

 

だって暇だもん。

 

がびーん。

 

「そうか。じゃあちょっと付き合いなよ。色々話もしたいし、中庭に行ってコーヒーでも飲もうか。あたしは休憩はいつもあそこに行くんだ。」

 

「中庭?あぁ、菜園のところですね。ぜひ。」

 

おいで、と言って先を歩き出す。結構ペースが早いな。厨房を切り盛りしているぐらいだから、ちゃきちゃき動くタイプなのかもしれない。

 

「座ってなよ。今コーヒーを入れてくる。砂糖やミルクはいる?」

 

「いえ、ブラックで大丈夫です。」

 

「気があうね。あたしもブラックだよ。」

 

この中庭は休憩する人が結構いるとクロも言っていた。みんなが持ち寄ったのであろう、コーヒーや紅茶、カップなどひと通り揃っている。

 

「入ったよ。どうぞ。」

 

「ありがとうございます。いただきます。」

 

「この船での生活はうまくやれそうかい?」

 

「まだ何ともって感じですね。来たのが一昨日ですから。」

 

「そりゃそうだな。」

 

朝日野さんはフフっと笑う。

 

「なんだか仕事中と雰囲気が違いますね。」

 

「あたしの事か?そうかな。まぁでも仕事場を離れれば肩の力を抜くようにはしてるさ。」

 

「物腰が柔らかくなるっていうか。さっぱりしているけどちゃんと甘味もあるって感じで。みかんって名前がよく合ってるなぁと。」

 

ぶっ!っと口にしてコーヒーを吹き出しそうになる朝日野さん。

 

「鬼丸がバカでかい声で呼ぶから・・・!頼むから下の名前では呼ばないでくれ。」

 

「どうしてですか?素敵な名前だと思いますけど。」

 

「いやまぁ親につけてもらった名前にケチをつける気は無いんだけど・・・あたしはこう、せっかちだし口調もこんなだし、似合わないと言うかなんというか・・・とにかく恥ずかしいんだ。」

 

「そんな事ないと思いますよ。さっきも言いましたけど、よく似合ってます。」

 

「うぅ、もういいだろ!とにかく下の名前で呼ぶな!」

 

照れてるな。やっぱり可愛らしい。

 

「分かりました。気をつけます。」

 

「それよりあんたの話を聞かせなよ。この船に乗るまではどんな生活を送ってたんだ?」

 

「至って普通ですよ。普通に会社員をして、適度に残業して、ほどほどに筋トレをして、時々お酒を飲んで、何気なく音楽を聴いて、眠くなったら寝る。休みになったらバンド活動なんかはしてましたね。」

 

「なるほど、普通だ。ただこの船に乗るには珍しいとも言えるか。」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ、なにせ変人しか乗ってこないからね。」

 

「なるほど。」

 

「そういえば朝はいきなり鬼丸に絡まれてたね。」

 

「気づいたら側に立ってました。」

 

「ははは、そういう奴だからね。誰にでもそうだ。人には誰でもパーソナルスペースってもんがある。自分を中心とした壁というか。人が人に対して冷静を保っていられる距離だな。それを超えると人は警戒心が強くなるんだ。そこにお構いなしに土足で入ってくる。失礼なやつだ。けど嫌なやつじゃあない。裏表がない、というより表しかない。この船はさっきも言った通り変人ばかりで人見知りや気難しい奴が多いけど、誰もが話をするのはあいつぐらいだ。」

 

「なんとなく分かります。でも、だったら僕が与えられた仕事は彼の方が適任のような気がしますね。」

 

「そういえばあんたの仕事って何なの?」

 

「仲介役って感じでしょうか。仕事というより役割と言った方がいいかもしれません。クロからは色んな専門家同士のコミュニケーションを繋げる役をと言われています。」

 

「確かに仕事って感じじゃあないね。だけど、なるほど。確かに他の誰かには出来そうにない。」

 

フフっと笑う。

 

「でも朝日野さんから今聞いた限りじゃあ、鬼丸さんの方が向いてそうだなと。」

 

「あぁ、それなら大丈夫。あいつは確かに人によって態度を変えるようなやつではないし、本人は誰とでもコミュニケーションはとれるけど、そういうのは出来ないよ。」

 

「そうなんですか?」

 

「そりゃそうさ。だってあいつバカだもん。」

 

がびーん。

 

「気が回るような役は無理さ。空気が読めないからね。そういうのをするには多少の腹黒さは必要だとあたしは思うよ。おっと、言い方が悪かったかな。したたかさ、とでも言い直すよ。とにかく、バカには出来ないさ。」

 

バッサリ。

 

「まぁ頑張りな。あたしが手伝える事があるなら言ってきなよ。仕事中じゃなければ大丈夫。」

 

「ありがとうございます。助かります。」

 

「それじゃあ仕事に戻るよ・・・っとその前に後一つ確認だ。鬼丸のやつにトレーニングに誘われたら気をつけな。」

 

「もう誘われてます。今晩の約束です。」

 

「そうか。なら一つアドバイスだ。しっかりと心構えしていく事。生半可な覚悟であいつに付き合うと・・・死ぬかもしれない。」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「普段は何も考えていない様な能天気な感じだけど、ことトレーニングについては本気を通り越して度が過ぎる。あいつのトレーニングに付き合ったやつはみんな口を揃えてこう言うのさ。」

 

「鬼がいた・・・赤い鬼だと。」

 

えぇ、なんだそれ。

 

「誰かが言わなきゃ気がつかないんだろうが、トレーニング中のあいつはまさに鬼の様な形相だそうで、怖くて言えないんだろうな。」

 

「まぁ死なない様に頑張りな。」

 

「美味しい食事を用意して待ってるから。」

 

「いやそれ死亡フラグじゃないですか。」

 

フフっと笑って朝日野さんは行ってしまった。

そんなにキツいのか・・・

とはいえこれは仕事だ。やらないわけにはいかない。

何事も知らないより知っておいた方がいい。朝日野さんのアドバイスは大事な情報だ。

数多の敗者の共通点の一つは情報不足が敗因だと聞いた事がある。

ならば先に情報を手に入れる事が出来たことを幸運だと思って準備をしようじゃないか。

 

「よし、やるか。」

 

まずは。

 

遺書を書こう。

 

がびーん。

 

今日の日記

  • 朝日野みかんさんは下の名前で呼ばない。
  • でも呼ぶと反応が可愛い。
  • 鬼丸さんはトレーニングの鬼、赤鬼